それは、平成に生まれ、令和でブレイクした鬼才同士が、思わぬ形でリンクした瞬間だった。
2019年に小説『改良』でデビューし、2作目の『破局』でいきなり芥川賞を受賞した作家 遠野遥(29歳)。
米津玄師のようなヘアスタイル。
高校・大学時代はバンドでギターを弾き、ひたすら運指などの基礎練習に励んだという。
芥川賞受賞後に受けた文藝春秋のインタビューでは、影響を受けた人物として文豪の夏目漱石の他に、もう一人意外な名前をあげた。
それは、遠野がいつも聴いている大好きなロックバンド 、令和の音楽シーンを席巻するKing Gnu のリーダー常田大希(28歳)だ。
何が、同世代の鬼才同士を結び付けのか。
それは、常田大希のツイッターの投稿だった。
それを読んだ遠野が、自らの小説の創作方法のヒントになる重要なインスピレーションを得たというのだ。
King Gnuに影響を受けました」平成生まれ初の芥川賞作家・遠野遥が見せた素顔(文春オンライン)
遠野が影響を受けた常田のツイートは、おそらく2017年9月28日のものだろう。
新曲『Vinyl』の Msic Video 公開を伝えつつ、常田は以下のように書いている。
“意図するなよ
この身など
博打だろ?”
がパンチライン.
サウンドも気に入ってる.
それまで小説の盛り上がりなどはあまり考えたことがなかった遠野は、常田のこの言葉に強い影響を受け、以来、自分の作品のパンチライン(決めどころ)はどこかと、物語の起伏を意識して書くようになり、そこが作家としての出発点になったという。
パンチラインという創作技法の共通項にとどまらず、遠野の小説と King Gnu の音楽には世界観の切り取り方に相通じるものがあることを感じる。
芥川賞受賞作『破局』の主人公はルールやマナーを執拗に守る過剰な規範性の甲羅の下に、自らの行動の動機や湧き起こった感情さえも疑う不気味な自我の闇を抱えている。
異様にデフォルメされてはいるが、よく見るとその闇に似たものは我々の中にも微かに存在している。
変で不気味だが、決して我々と無縁ではない。
そんな感覚がこの作品への無意識の共感を呼び起こす。
King Gnu は、もともとアヴァンギャルドな表現を志向していた常田が、J-POP という規範にあえて自らを封じ込め、そこから生じるズレや歪みをも包摂しつつ、人々の隠れた感覚に訴えかけ、新たなポップネスへと到達しようとする音楽的な試みだと言える。
通念に潜む共感覚の闇をすくい取り、新たな創作の地平を切り開く。
思わぬ形でリンクした2つの鬼才の今後に注目しよう。
by: 三木拓(音楽ライター)