斬新な音楽的手法の『白日』
メジャーデビュー1年目にして、「第61回日本レコード大賞」優秀アルバム賞を受賞、NHK 紅白歌合戦に初出場した、大プレイク中のロックバンド King Gnu(キングヌー)。
テレビドラマの主題歌となったメガヒットチューン『白日』は、ストリーミング総再生回数で1億回を突破した。
また、『白日』の MV も再生1億回を突破、国内では「MTVビデオ・ミュージック・アワーズ2019」で史上初の2冠(最優秀新人アーティストビデオ賞・年間最優秀ビデオ賞)に輝き、欧州最大級の音楽授賞式「2019 MTV EMA」でも「ベスト・ローカル・アクト賞 “BEST JAPAN ACT” 」を受賞した。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの King Gnu の作詞・作曲・編曲・ギター・ボーカル・キーボードを担当する常田大希(つねただいき)さんは、東京藝術大学音楽学部器楽科チェロ専攻の出身だ。
多くの人を魅了する『白日』は、既存の J-POP のヒット曲にはない斬新な音楽的手法で作られている。
静から動への劇的展開、絶妙に変転する調とリズム。オルガンの響きがコラール(教会歌)を思わせる一方、高低部の顕著な振れ幅により描かれる旋律線は、J-POP のボーカル曲としては極めて異質で、器楽的でさえある。
また、ニューアルバム『CEREMONY』は、クラシック、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ラウドロック、グランジロックと、あらゆるジャンルを呑み込んで、 King Gnu 独自のフォーマットに落とし込んだ会心作だ。
その「トーキョー・ニュー・ミクスチャー・スタイル」と呼ばれる音楽スタイルには、常田さんがこれまでに学んできた音楽の影響が少なからず見て取れる。
幼少期からチェロを習いつつ、中学時代は合唱部にも所属。全国屈指のコンクールに入賞した実績も持つ常田さんの音楽の水脈を探る。
6歳で兄・母と共演
常田大希さんは、1992年5月15日生まれ。
学歴は、伊那市立東部中学校卒業、長野県立伊那北高校卒業、東京藝術大学音楽学部器楽科チェロ専攻入学・中退。
幼少期から早期音楽教育で定評のあるスズキ・メソード(才能教育研究会)でチェロを習った。
6歳でコンサートに出演、兄の常田俊太郎さんもヴァイオリンで共演した。※「長瀬冬嵐クラスの生徒たちによるチェロコンサート」(1998年10月11日)。この時の プログラム には常田理恵さんという名前もあり、お母様がピアノ伴奏を務めたと思われる。
合唱コンクールの最高峰Nコン全国大会出場(動画あり)
チェロを続けながら、伊那市立東部中学校時代には合唱部にも所属していた。
同郷の King Gnu ボーカルの井口理(さとる)さん(東京藝大声楽科卒)も同じ中学の1学年下で、合唱部の一員だった。
同合唱部は2007年、「Nコン」として知られる「NHK全国学校音楽コンクール」中学校の部で、地区大会・県大会・関東甲信越大会をすべて最高位の金賞で勝ち抜き、全国コンクールに出場、優良賞を獲得した。
この時、課題曲『めぐりあい』では合唱に加わっていた常田さんだが、自由曲『IMBENI~魂の夜明け~』では、マリンバの伴奏を担当。初めてマリンバを手にしたのは地区大会が始まる1ヶ月前だったという。
楽器をマルチにこなす才能は、すでにこの時期に開花していた。
「平成19年度Nコン全国大会中学校の部(伊那市立東部中・めぐりあい)」(※)ピアノ伴奏は常田理恵さん
「平成19年度Nコン全国大会中学校の部(伊那市立東部中・IMBENI)」
チェロと合唱部以外では、中学生ですでにバンドを結成、ギターやベースを弾き、MTR(マルチトラックレコーダー)を使って作曲も始めた。
幼少期からチェロを弾く常田さんは絶対音感を持っている。
そして、フレットのないチェロを自在に弾きこなす常田さんなら、ギターやベースの左手の運指は難なく修得できたはずだ。
ベースとチェロの全国コンクールW入賞の離れ業
高校生になると、ロックとクラシックの両分野でトップ演奏家としての頭角を現す。
まず、高校2年(17歳)で、アーティスト志望の若手奏者にとって国内最高峰の決戦場と言われた「最強プレイヤーズコンテスト2009」(リットーミュージック主催)のベース部門で準グランプリを獲得。
そして高校3年(18歳)では、国内屈指のクラシック音楽コンクールである「日本クラシック音楽コンクール」全国大会のチェロ部門・高校の部で第3位に入賞した。
楽器を究めるなら、チェロかベースか、どちらかひとつに絞るのが普通だろう。
しかもチェロは、幼少期からその道一筋で、専門の先生から厳しいレッスンを受ける英才教育の積み重ねがなければ、全国コンクールで入賞するレベルにはまず到達できない。
ベースにしても、趣味でかき鳴らしバンドを組む程度ならともかく、テクニックを磨き、腕利きのライバル達と競って全国2位を獲得するのは、並大抵の努力では不可能だ。
その二つを並行してやり遂げてしまう。
さらに楽器演奏のみならず、作曲やアレンジの手法も学び、オリジナリティに富む楽曲を作る実践も続ける。
ジャンルを超えて、ストイックに音楽を探求する姿勢は、現在、King Gnu が標榜する「トーキョー・ニュー・ミクスチュア・スタイル」へと繋がっている。
そして、そのスタイルを支える基盤となっているのが、東京藝大受験に向け培われたアカデミックな音楽の素養だ。
狭き門の東京藝大チェロ科に入学、小澤征爾と共演(最近のチェロ演奏動画あり)
東京藝大にはチェロ専攻で入学した。
毎年、全国の同世代トップクラスのチェリストが5〜6名しか合格できない狭き門だ。
藝大受験では、チェロの実技試験に加え、副科ピアノの実技と音楽に関する基礎能力検査(聴音・楽典・新曲視唱・リズム課題)が課される。
たとえば副科ピアノは、モーツァルトやベートーヴェンのピアノソナタなどが入試の課題曲になる。
だから、ロックやボッブスジャンルのキーボードや電子ピアノの演奏は、藝大受験を経てきた常田さんと井口さんなら難なくこなせる。
また、聴音(耳で聞いた旋律や和音を楽譜に書き記す)、新曲視唱(新しくもらった楽譜を見て、練習せずにその場で正確に歌唱する)、楽典(楽譜を読み書きするために必要な理論・ルールを修得する)についても、藝大受験のためには専門の先生に師事して学ぶ必要がある。
すでに藝大に入学した時点で、高いレベルの音楽性と表現力、クリエイティブな演奏活動の基礎が出来上がっていると言ってもよい。
もちろんアーティストになるには、アカデミックな音楽教育は必須条件ではない。
しかし、音楽的基礎のない我流の知見や技術に拠る場合に比べれば、独創性を生み出すための引き出しの数や深さの点で違いを生むのは明らかだろう。
作曲もインスピレーションに頼ることはなく、どちらかというと数学に近いロジックで行っていると常田さんは語る。
そして、ストラヴィンスキーやプロコフィエフの音楽を探求するだけでなく、そこにサイケデリックなロックサウンドとの共通性を見い出す。
それは、クラシックとロックのいずれの道でも真摯に妥協せず進んできた常田さんならではの、音楽家としての独自の境地を示している。
2011年には、各楽器の国内トップクラスの若手奏者の中からオーディションで選抜され「小澤国際室内楽アカデミー奥志賀」にチェリストとして参加し、小澤征爾氏の指揮でモーツァルトやチャイコフスキーを演奏した。
新曲? 最近のチェロ演奏動画
(常田さんの Instagram より)
J-POP 革命前夜 その先にあるもの
クラシック音楽で培った土壌にしっかりと根をはりつつ、ロックや R&B での楽器プレイとアレンジ手法も究め、今、創造の枝葉を自由に拡げて、ジャンルの垣根を取り払い、融合し、さらにジャンルの概念自体をも超えていく。
あえて J-POP の領域に身を置いた King Gnu だが、見据える先にあるものは J-POP 音楽の革新にとどまらない。
常田さんは、音楽と 3D 映像のミックスにより今までにないライブ体験を提示する millennium parade(ミレニアム・パレード)というプロジェクトも主宰し、King Gnu と並行して精力的な創作活動とライブパフォーマンスを展開している。
2019年12月には大阪と東京でのライブを成功させ、ファッションブランド「DIOR(ディオール)」とのコラボレーションを実現。
そして、2020年春に NETFLIX が全世界独占配信する「攻殻機動隊」シリーズ最新作 『攻殻機動隊SAC_2045』のオープニング・テーマ曲を担当することが決まった。
日本のボッブネスの世界戦略をも構想する異才から、この先どんなスリリングな作品が放たれるのか。
『Sympa』からわずか1年後にリリースされた King Gnu のニューアルバム『CEREMONY』。
CEREMONY (初回生産限定盤) (Blu-ray Disc付)
収録された12曲のうち、TVと映画の主題歌が2曲、TVCM 曲が5曲を占める。
マニアックなサウンド構造でありながら同時に人々を魅了してやまないキラーチューンが、これでもかと詰め込まれたこの渾身の傑作アルバムは、リリース1週間で25万枚のセールスを記録、「Billboard JAPAN Top Albums Sales」で首位を獲得した。
2020年2月29日からは初のアリーナ公演を含む全国ツアー<King Gnu Live Tour 2020 “CEREMONY”>がスタートする。
もはやヌーの群れの増殖は、誰にも止められない。
【関連記事】
King Gnu(キングヌー)は J-POP 最強バンド その4つの理由
【全曲レビュー】『CEREMONY』
01. 開会式
インストゥルメンタル
人々のざわめき、管弦楽の不穏な響きから、交響的で勇壮なファンファーレが開会を告げる。
02. どろん
映画「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」主題歌
歯切れ良いボーカルユニゾン、ハードロックスタイルのドラムとベースにホーンセクションが共鳴する。ベースが低弦ソロに入った瞬間にグランジ感が一気に増し、犬の鳴き声(?)まで聞こえる。混沌からカタルシスへ。
03. Teenager Forever
ソニー「ノイキャンイヤホン」TVCM ソング
ラウドロック的アプローチだが、コントロールされたボーカルのシャウト、絶妙なアコースティックギター、サビ部分のベースの凄まじいうねり感など、 King Gnu の演奏力の高さを思い知らされる。
1/17 の TV番組(Mステ)では完全に振り切った怒涛のライブパフォーマンスを披露し、スタジオと視聴者の度肝を抜いた。
04. ユーモア
「ロマンシング サガ」完全新作、『ロマンシング サガ リ・ユニバース』 1周年記念 TVCMソング
ミニマルな打ち込みビートに乗ってグルーヴする、キャッチーなブラックミュージック系のメロウナンバー。クラップ、コーラス、マリンバ、アコースティックギターなどが彩りを添え、洗練されたアレンジに心がほどけていく。
05. 白日
日本テレビ系土曜ドラマ「イノセンス 冤罪弁護士」主題歌
言わずと知れた傑作中の傑作。国民的大ヒットとなった極上のファンキーバラード。アルバムの中の1曲として聴くと、楽曲・ボーカル・演奏・アレンジなどあらゆる面で、その素晴らしさを再認識できる。
06. 幕間
インストゥルメンタル
ジャズのビッグバンドの響き。ミュートホーンのわななきに、人々の歓声が入り交じりつつ、第2幕へ。
07. 飛行艇
ANA 国内版「ひとには翼がある」篇 TVCMソング
4つ打ちビートの地鳴りでスタジアムを揺るがす、大合唱必至の扇動的ロックチューン。ラグビーW杯のスタジアムでかかると観客の受けがよくウエーブが起こった。メジャーリーガー前田健太投手が登場曲に採用、スピードスケートの小平奈緒選手もお気に入りと、アスリートのモチベーションも高める曲。
08. 小さな惑星
Honda VEZEL「PLAY VEZEL 昼夜」篇 TVCMソング
ドライブする軽快なメロディーラインだが、そこは King Gnu、決してひと筋縄ではいかない。シンコペーティッドな刻み、歪んだベース音、グランジ感満載のドラム。ギターソロも予期せぬ方向へと跳梁する。スタイルや枠組みに片時も収まらない「上質な奔放さ」こそが King Gnu の真骨頂だ。
09. Overflow
家入レオさんへの提供曲をセルフカバー
バウンスフィーリングにあふれるファンキーチューン。腰の据わったベースラインのリフレイン、カッティングギターも加わった切れ味の良いビートに、ソウルフルなボーカルが心地よくはねる。ブレイクからサビへのキャッチーさが秀逸だ。
10. 傘
ブルボン「アルフォート」TVCMソング
エクスペリメンタルで不思議な味わいを持つ曲。歌謡性をはらんだメロディーがリリカルに流れる一方で、特異な転調が繰り返される。心情のメタモルフォーゼ(変容)を鮮やかに浮き彫りにする曲。
11. 壇上
このアルバムで唯一の非タイアップのボーカル曲。アルバムの締めくくりとして最後に作られた。
常田さんが「現在の思いをすべて詰め込んだ」と語るバラード。自らボーカルソロを務め、ピアノも弾き、兄の俊太郎さんと共にストリングスも担当した。ここでも絶妙にしつらえた転調がアンビバレントで複雑な心境を際立たせる。
12. 閉会式
インストゥルメンタル
常田さんが東京藝大時代の18、19歳の頃にプレイしたチェロ独奏をフィーチャー。内省的な終幕は次なるステージへの静かな闘志の表明とも読める。
全曲をダイジェスト試聴
King Gnu 3rd ALBUM 「 CEREMONY 」Teaser Movie
CEREMONY (初回生産限定盤) (Blu-ray Disc付)
兄は東大卒 江藤俊哉ヴァイオリンコンクール第3位
ちなみに、兄の常田俊太郎さんは、「第9回(2004年)江藤俊哉ヴァイオリンコンクール」ジュニア・アーティスト部門で第3位に入賞。
東京大学工学部卒業後、戦略コンサルティング会社を経て、株式会社ユートニックを設立し、代表取締役に就任した。
会社経営の傍ら、King Gnu と millennium parade の楽曲にヴァイオリニストとして参加している。
【参照サイト】
・「鈴木鎮一記念館」
・「伊那谷ねっと」
・「最強プレイヤーズコンテスト2009」
・「日本クラシック音楽コンクール」
・「小澤国際室内楽アカデミー奥志賀」
・「ルネこだいら(小平市民文化会館)」
・「音楽主義」
【最新記事】“ブレーキは折れちまってんだ” 進撃の巨ヌー、爆走中(2020/3/16)
2020年に入って、King Gnu(キングヌー) の快進撃が止まらない。
まるで、彼らのロックスピリットを象徴するアイコン曲「Flash!!!」の歌詞のように、もはやブレーキは折れてしまって、思いのままに、猛スピードで駆け抜けていく。
それも、下り坂ではなく、テッペンをめざす上り坂を、まっしぐらに爆走中だ。
ニューアルバム『CEREMONY』は、発売されるや驚異的なセールスを記録。
各音楽雑誌から AERA までが、こぞって表紙・巻頭特集で取り上げた。
テレビでは、1/17 に Mステ(テレ朝)、1/18 にバズリズム02(日テレ)、2/9 に Love music(フジ)、2/14 に再び Mステ、2/15 にシブヤノオト(NHK)で、次々と圧巻のスタジオライブを敢行。
2/23 には情熱大陸(TBS)に出演したが、メンバー4人がビートルズの All You Need Is Love を車の中で合唱するシーンはとても印象的だった。
そして、MV は2曲をリリース。
「Teenager Forever」は成功者のはっちゃけぶりをリアルに活写し、「どろん」は眼がバンドに憑依する不気味な世界観を呈示してみせた。
どちらも突き抜けたアート感覚が冴える映像で、楽曲と見事にシンクロしていて、魅了される。
常田さんの別のプロジェクト(millennium parade)とソロ活動も、軌を一にして新たなステージへと駆け上った。
2020年春にNETFLIX が全世界に独占配信する「攻殻機動隊」シリーズ最新作のテーマ曲の担当と、2/4 の NYコレクションでのチェロ独奏。
『攻殻機動隊SAC_2045』のオープニング・テーマ曲「Fly with me」は、4/22 に音楽配信され、millennium parade 初の CD シングルとしてもリリースされる。
また、NYコレクションで初披露された常田さんの斬新な現代音楽モードの楽曲についてもミニアルバム化が予定されているという。
“進撃の巨ヌー” は、増殖し続ける民をひき連れて、一体どこまで突っ走るのか。
2/29 からの初のアリーナ公演を含む全国ツアーは、残念ながら新型コロナウイルスの影響で福岡・大阪・東京の計4公演が中止となったが(※)、現在の King Gnu の観客動員力を考えれば、ドームやスタジアムでの単独公演も、もう手の届くところに来ているのは間違いない。
※2/29 のマリンメッセ福岡公演は 5/5 の振替実施が決定