King Gnu(キングヌー)がまだあまり知られていない頃、常田大希はこう言った。
「今一番売れている音楽が、最も良い音楽だなんて思わないでほしい」
最高のクォリティの音楽を、日本で一番売れる音楽にする。
そんな野望を着々と実現しつつある King Gnu(キングヌー)。
現 J-POP シーンにおいて、最強のバンドと呼ぶにふさわしい、その稀有のスペックと戦略を明らかにする。
【楽曲の力】キャッチーで凝った作り
日本ではブラックミュージックやジャズ系の音作りのアプローチをとると、サビや歌謡性に慣れた日本のリスナーの耳には縁遠くなる。
そこでメロディーに歌謡性を大胆に取り入れつつも、インストバンド級の重厚でソリッドなベースとドラムをそれに対置し、グルーブ感を際立たせる。従来にない展開とリズムパターンを加え、凝ったアレンジを施す。
耳に心地よい聞き慣れた感じのメロディーだが、何かがか違う、これは凄い、と多くの人に思わせる。
聴き易いが、音作りは凝りに凝ってマニアック。
この矛盾の対置、違和感の表出こそ、 King Gnu の真骨頂と言える。
エレクトロ音楽を基本とし、生音は少ない。ベースはシンセ、ドラムもサンプリングを多用し、ボーカルにもエフェクトをかける。ソロパートの主張は極力抑える。
バンドとしての技術力があり、生音でも十分にクォリティが高いが、そこをあえてエレクトロサウンドで作り込む。そしてミキシングで立体的な響きを作り出す。
同じ曲を良質なイヤフォンで聴くと、その醍醐味は段違いだ。
「これ、イヤフォンで聴くと、凄い!」とリスナーに発見を促す。
たとえば、『Slumberland』にはサビがない。
一方、『白日』の3つの主要メロディ(通称Aメロ・Bメロ・Cメロ)は、すべてがサビと言えるほどの強度で作り込まれている。
いずれも既存の J-POP 音楽では考えらえないアプローチだ。
女声とまがう透明度の高いボーカルバラードで、重厚でうねるベースとドラムラインが変則的なリズムを刻む。
どちらも群を抜くうまさだが、それらはあくまでも共存し、対比されて提示される。
ボーカルが心地よい旋律線を動くだけの曲ではない。また徹底的に尖ったセッション系の技巧バリバリの音楽でもない。
両方を程よく対置する。
そのバランス感覚が圧倒的に光っている。
【演奏の力】炸裂するロウ感
精緻に作り込まれた録音とは一転して、ライヴではアレンジを変え、スキルフルな奏者たちによる自在のプレイを前面に押し出す。
言わば、録音とライヴの対置だ。
だから同じ曲が全く別の魅力を放つ。
井口理はボーカルのキーをあえて上げ、鮮烈な高揚感を狙う。常田大希はギターソロをより歪んだ響きにシフトチェンジし、新井和輝はベースラインの輪郭を強調して音圧を強める。オープンハンド奏法の勢喜遊は自由に装飾を凝らし、『Flash!!!』冒頭で圧巻のドラムソロを披露する。
ライヴでは精緻に作り込まれたサウンドから脱し、バンドとしての強圧的なロウ(生)の音で攻めたてる。
ライヴを意識して作られたのが『飛行艇』だ。
常田は「アリーナやスタジアムで鳴らす」ための音楽を作ろうと企んだ。
狙いは的中し、ラグビーW杯のスタジアムでこの曲がかかると、観衆のヴォルテージが最高潮に達し、ウェーブが起こった。
新井や勢喜はジャズやブラックミュージックのセッションシーンでならした。師匠宅に泊まり込みで弟子入りするほどの、芸を追求する職人気質のストイシズムを持つ。
師匠の門下に弟子入りし、練習漬けの日々を過ごした点では、東京藝大出身の常田や井口と重なるものがある。
King Gnu が、いかにも薄っぺらい音を奏でるバンドとは異次元にあるゆえんがここにある。
【ヴォーカルの力】ファルセット&ユニゾン 清濁の対置
井口は東京藝大声楽科のテノール専攻卒で、クラシック唱法のトレーニングを積んだ基礎がある。
声量と声質もさることながら、音程の正確さでは J-POP の歌手の中では群を抜いている。
あれだけ高いピッチの音も絶対に外さない。また楽譜を読み取る能力も高いので、常田が作る複雑な構造の楽曲を即座に吸収し、歌うことができる。
ファルセットの使い手としては随一だろう。これを聞くと、残念ながら他の歌手のそれは真似事のように思えてくる。
バラードやアコースティクナンバーはもちろん、疾駆するロックチューンも井口が歌えば美しく洗練された響きとなる。
井口と常田のユニゾンでは、ダミ声系のダークな味のある常田の声と対置され、メロウなサウンドはひときわ甘美になり、クリスプなファンキーナンバーはその高揚感が倍加される。
相反する2つの声のキャラクターの対置。
ここにも強烈な印象を与える仕掛けがある。
『Flash!!!』は常田のダミ声の破壊的リリックで攻め立てているようだが、井口の洗練された美しいコーラスのユニゾンが均衡を保ちつつ、やがて中間部で井口がすべてを引き取って、濁を清の世界へとかっさらう。
濁があればこそ昇華された清はさらに美しい。
【戦略の力】これ以上のものを作れる「余裕感」
作曲も演奏も極めて強度は高いが、J-POP の標準を考慮し、一方の極を追求しすぎない。
万人受けする歌謡曲と凝ったエレクトロサウンド、ウェルメイドな録音と炸裂するライヴプレイ、ミューズの高音と堕天使のダミ声。
相反するものを対置して提示し、今までにないインパクトを与える。
そして、これよりもハイレベルな曲は創れるし、実際に別のプロジェクト(「millennium parade」)で実践してもいる。
アーティストとしてのキャパシティの大きさと、そこから生じる余裕感が、King Gnu というバンドのブランド力を際立たせている。
恐らく常田大希の視線の先にあるのは坂本龍一だ。
坂本は、東京芸大作曲科卒で、現代音楽といういわば「アンダーグラウンド」の領域から、YMO でテクノポップという新たなジャンルを創始し、劇伴音楽でも世界性を獲得した。
King Gnu のボップネスはどのようにして海外に訴求しうるのか。さらに、3D映像と音楽による新次元の体験を提示する「millennium parade」の世界進出は果たされるのか。
King Gnu がたった1年で国内で最強のバンドとなった今、それらもまた、従来ないスピードで展開されていくに違いない。
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