日本の音大生は、ウイーン・フィルの団員も持たないような高価な楽器を持っている、というのはもはや言い古された話です。
「ウイーン・フィルの弾いている楽器は正直言って悪いですよ(例外はあるでしょうが)。でもよく鳴るんです」と言うと、「向こうは空気が乾燥しているからでしょう」という答えが返ってきますが、それは違います。
彼らにはどんな楽器でも鳴らしてみせる腕があるからです。
100万円の楽器を鳴らせない人間に、ストラドやグアルネリを鳴らせるはずがありません。ここのところを間違うと、蟻地獄にはまり込むことになります。
1990年代半ばの「日本音コン」の優勝者は数十万円の楽器を使っていました。「学生音コン」の予選に行けば毎年、何百万円(あるいは何千万円!)もする楽器の持ち主が、落選していく現実を目の当たりにします。
楽器が良くなくて、地味な音しか出なくても、音楽の構成に即した音色の使い分けができている子は通っています。
「自分のは高い楽器ではないから病」にかかった方は、コンクールでの演奏を客席でじっくり聴いてみるとよいでしょう。
ホールの後方の席に座って、小学5・6年生から中学生の演奏を中心に聴かれることをお薦めします。
そうすれば、演奏者の表面的な身体動作に惑わされずに、指導者が楽器をきちんと鳴らせる技術を教えているかどうかを知ることができます。
補足
誰もが気になるのは、本当に「ウイーン・フィルの弾いている楽器は正直言って悪い」のかどうかという点であろう。
こんなエピソードがある。
フルトヴェングラーが、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の指揮者だった頃、ウィーン・フィル独特の弦の響きを実現しようとして、関係者に掛け合い、ついに、ウィーン・フィルが使用しているものと同じ弦楽器(ヴァイオリンからコントラバスまでの5部編成)を手に入れて、彼の楽団に演奏させた。
結果は悲惨なもので、極めて地味で、それどころか、くすんだ冴えない響きになったという。(「ウィーン・フィルについて考える」 より)
ウィーン・フィルのあの独特の響きは、楽器を豊かに艶やかに鳴らせる団員の技術に拠る所が大きいということを示す逸話である。
また、「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の研究」(※) によれば、「ウィーン・フィルの弦楽器セクションで使用している楽器は、コンサートマスター以外のメンバーは、Franz Geissenhof か Joachim Schade かその他」だという。(※)2019年3月末にサイト閉鎖
Franz Geissenhof (フランツ・ガイセンホーフ 1753-1821)は、オーストリアの製作家で、「ウィーンのストラディヴァリ」の異名を持っているが、オークションハウスの「ブロンプトンズ(Brompton’s)」の データ によれば、近年の落札見積価格は概ね100~200万円程度である。
また、Joachim Schade (ヨアヒム・シャーデ 1934~)は、現代ドイツの製作家で、ウィーン・フィルと共にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の奏者にも愛用され、カール・ズスケやゲルハルト・ボッセも弾いていたという。(「弦楽器サラサーテ」)
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