5日間の過酷なサバイバル・レース
今か今かとその瞬間を待ち受けていた受験生と父兄らの眼が、一斉に掲示板に注がれた。
2015年1月25日13:00、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校(藝高)の構内。
5日間に及ぶハードな入学試験の最終合格者が発表された。
専攻毎に受験番号が掲示され、14の専攻のうち8つの専攻で掲示された受験番号はたったの1つ。「合格者なし」の専攻もある。
受験番号を確認し、喜び安堵する人、一瞥後速やかに静かに掲示板の前から立ち去る人。
後者はごく僅かだ。
受験者112名、最終合格者41名。ぴったり1クラス分の合格者数。
ここに至るまで、受験生は専攻実技試験ですでに最終合格枠+数名程度にまで絞り込まれ、楽典・聴音・副科ピアノ、一般教科(国語・英語・数学)、面接の試験を受けて、最終の審判の日を迎えていた。
入学辞退等で欠員が生じた場合は、電話と郵送で補欠対象者に通知されるが、その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。
ヴァイオリン専攻の鍵は第1回の音階とエチュード
ヴァイオリン専攻の受験者は29名。
1月20日に実施された第1回試験で、カール・フレッシュ:スケールシステムより変ホ長調(フィンガード・オクターヴ、10度の重音含む)とローデ:24のカプリースより第20番を演奏した。
受験生は、待合室である総合控室から、9:00~13:35まで3~4名を1グループとして設定された集合時間毎に点呼を受け、音出し室に誘導された。※校舎内・試験会場内は上履きは不要となっている。
出番が来ると個別に呼び出され、試験会場のある階へ。
居並ぶ芸大器楽科弦楽専攻の教官らを前に、ミスが許されない音階とエチュードの演奏に臨んだ。
ここで極度の緊張状態に陥らないために、深呼吸やイメージトレーニングなど心を平静に保つためのルーチンを身につけておきたい。
さらにメンタル的にどうあれ、演奏だけは身体が自動的に動いて完遂できてしまう。そんなレベルまで徹底的に課題曲を弾き込んでおく必要もある。
出番前のウォームアップ・指慣らしは入念に。ホカロンや手袋等、体や手を冷やさない工夫も必要だ。
第1回試験は15時までには終了。合格発表はその日の16時半以降。
29名中18名が合格、受験生はここで6割程度に絞り込まれた。
極度の重圧と緊張状態で弾く音階とエチュードは、甘く見ているとコンクールで実績のある実力者でも足をすくわれかねない。
4割が落ちるこの第1回を突破すれば、波に乗れる。
第1回試験への対策の徹底が、藝高入試突破の鍵となるだろう。
第2回は伸び伸びと本来の演奏を!
第2回試験は1日休みを置いて、1月22日。第1回と同様、朝から実施された。(集合時間8:45~10:40)
課題曲は、ラロ:スペイン交響曲 ニ短調 作品21 より 第5楽章 ロンド。
伴奏は芸大弦楽専攻の伴奏助手の教官数名が交替で担当。出番前に音合わせの時間は若干だが設けられている。
曲は普段コンクール等で弾き慣れた協奏曲。試験場や雰囲気にも慣れ、第1回試験ほどの緊張感はないはずだ。
ここでは萎縮することなく伸び伸びと、本来の自分の演奏を展開したい。
第2回試験の合格発表は、その日の17時以降。
18名中13名が合格。ヴァイオリン専攻の最終合格者数枠(10~12名)まで、過酷なサバイバルレースが続く。
ヴァイオリン専攻はヴィオラ専攻の併願が可能で、しかも実技試験はヴァイオリンで受験できる。
併願している場合は、1月22日の午後がヴィオラ専攻の実技試験となり、再度ヴァイオリン専攻の第1回と第2回の課題曲を演奏することになる。(但しカールフレッシュはフィンガード・オクターヴと10度の重音はなし、ラロは伴奏なしで弾く)
翌1月23日は8:30に集合、9:00~9:50楽典、10:05~10:55聴音、11:10~12:00副科ピアノと試験が続いた。
1月24日も8:30に集合、9:00~9:50国語、10:10~11:00英語、11:20~12:10数学。2時間半の昼食休憩を挟んで、14:30に集合し面接、と息つく暇もない。
面接用の資料は前日(1月23日)に配付され、記入して当日持参する。
面接内容は入学後の抱負、趣味・興味、将来の夢など、よくある一般的なものだ。
この年は英語のリスニング試験で、音響機器の不調のためリスニングの音声が一部聞き取れないというトラブルが発生。学校側は協議の結果、急遽、英語の採点からリスニングを除外することを決定した。
一般教科の成績が芳しくないい合格者には宿題が
そして1月25日13:00に最終合格者発表。
13名中12名が最終合格。
喜びも束の間、その後のスケジュールも慌しい。13:30より早速、合格者説明会。説明会終了後、学生証用の写真撮影、制服採寸、教材販売と続く。
一般教科の試験結果が芳しくなかった合格者には、早速、入学までの宿題が課されるのも藝高の伝統となっている。
受験生は居住地や門下は異なるが、幼少期から様々なコンクールで競い合ってきた間柄、多くが顔見知りだ。
この5日間の厳しい藝高入試を通して、これまではあまり言葉も交わさずに来たライバル同士の間に、自然とフレンドリーな関係が生まれる。
「切磋琢磨」し合う関係のことを、英語では “friendly rivalry” と言う。
国内唯一の音楽専攻の国立大学附属高校。1学年たった1クラス40名のみ。
特別な場所での、ハイレベルな切磋琢磨の3年間がスタートする。
※追記(2020.10.3)
2019年度の入試から、実技試験の第2回目の合格者発表が行われなくなった。従って、実技試験の第1回合格者全員が、第2回試験、楽典・聴音・新曲視唱・副科ピアノ、一般教科(国・英・数)・面接の試験を受験する形となった。
また合格発表だが、学校の公式サイトに合格者の受験番号が速やかに掲載されるようになったため、現在では必ずしも校内の掲示板を見に行く必要はなくなった。
【学習の指針となるCD】ローデ:24のカプリス
音符をなぞるだけの演奏に終わらせない。エチュードを音楽的に奏でるための最適なモデル・パフォーマンス
演奏はヴァイオリニストの島根恵氏(東京藝大附属高・東京藝大卒。「第8回(1981)ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール」第6位)
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