「美校」入試は予備校全盛、浪人率7割
東京・池袋にある「すいどーばた美術学院」。
2020年度の東京藝術大学美術学部合格者数は81名で、6年連続で全国トップ。
専攻別でも油画・彫刻・工芸で全国第1位と、ダントツの合格実績を誇っている。
ところが、そのうちの現役合格者数を見てみると、81名中たったの19名。
全体の2割ほどにすぎない。
ためしに、東京藝大が2020年度受験生向けの「大学案内」で公表しているデータを見てみよう。
これによれば、美術学部の2019年度入学者231名のうち、現役は全体の34.6%。
1浪が28.1%、2浪が17.3%、3浪が9.1%、4浪以上が8.7%、その他大検等が2.2%という分布状況になっている。
現役は約3割程度。
残り7割が浪人で、そのうち3浪以上の「多浪」も2割ほどいることになる。
他の国公立大学、例えば東京大学は現役が約7割で浪人が3割。東京藝大とはまったく逆で、現役が明らかに優勢だ。
浪人率が圧倒的に高い東京藝大(以下藝大)美術学部の入試がいかに「ありえない」特異な世界かがわかるだろう。
かくして、藝大美術学部受験生は、「すいどーばた」や「新美」(新宿美術学院)、「御茶美」(御茶の水美術学院)など、藝大合格実績をウリにする美術予備校に通い、競争率10倍の超難関に多浪覚悟で挑み続ける。
photo 東京藝術大学美術館 by Wiiii
「音校」入試は個人レッスン全盛 現役率8割
藝大美術学部入学者に出身校を問えば、ほぼ全員が高校名ではなく美術予備校名を答えると言われるほど受験産業ドップリ状態の「美校」入試に対して、さて藝大のもう一方の入試、「音校」入試はどのような状況に置かれているのだろうか?
※藝大内ではかつての東京美術学校と東京音楽学校の伝統から、美術学部を「美校」、音楽学部を「音校」と呼び習わす。
そこは「美校」とはまさに真逆で、受験予備校はほぼ皆無。
個人レッスンのみが幅を利かせる、これも世間一般から見たら「ありえない」世界が展開している。
「音校」をめざす場合は、幼少期からヴァイオリンやピアノの個人レッスンをスタートさせ、中学生になるまでには、藝大の教授陣(現・元)あるいは藝大出身の指導者に師事する。
そして、そのうちのトップ層はまず、1クラス(約40名)しか募集しない藝大の附属高校(東京藝術大学音楽学部附属音楽高校)を受験する。
「音校」入試においても、音楽専門予備校(ソルフェージュなどの受験副教科を中心に指導)は一部存在する。
しかし、実質的に入試合否の鍵を握っているのは、幼少期からの厳しい個人レッスンによって培われてきた専攻実技の力だ。
だから、「音校」入試は、「美校」入試とは正反対で、現役が優勢。2019年度入学者の現役率は8割に達している。
実技の力は、幼少期からの長年の積み重ねにより形成されており、1年や2年浪人しても、その水準を飛躍的に高めることは難しい。
結果として、現役で受かるべき実力にある人が受かるという、現役優位の入試となっているのだ。
photo 東京芸術大学 赤レンガ1号館 by 663highland
無意味な藝大音楽学部の偏差値データ
ほぼ「専攻実技がすべて」の藝大入試。
東大や京大などの一般大学の入試情報を扱う受験予備校が提供している偏差値データは、あくまでもセンター試験(2021年からは共通テスト)や学科試験に関するもの。
当然ながら実技重視の藝大入試においては、あってないようなものに等しい。
ためしに、「ベネッセ」 が提供している藝大音楽学部の難易度(偏差値)を見てみよう。
音楽環境創造科と楽理科は、センター試験3教科に、個別学力試験で学科や小論文を課し、それらの総合判定で合否が決まるという、一般の大学と似た方式を取っている。(楽理科には聴音書き取り等の実技もある)
一方、器楽科などでは、センター試験2教科(国語・英語)を課すものの、個別学力試験は実技のみで、それが重視され、センター試験の成績は最終判定時に用いるのみである。
(※但し2020年の募集要項には、センター試験についてもその年度の基準点が存在し、それを下回った場合は不合格になるとの記述が見られる。)
受験産業が提供する偏差値データは、合否調査にセンターリサーチや模試の結果等を加えて算出されるものだ。
そもそも個別試験の実技が重視される藝大音楽学部の入試においては、教科の成績のみによって設定されたそのような合否ラインはまったく意味を持たないことになる。
共通テストでも6割確保が目安か?
とはいえ、やはり気になるのは、藝大音楽学部志望者はセンター試験で一体何点くらい取っているのか、という点だろう。
2021年1月から、センター試験に代わって大学入学共通テストが実施されるが、ここでは過去のデータ蓄積があるセンター試験の得点率を概観しつつ、共通テストの得点率を予想してみることにする。
以下「スタディサプリ」 が提供するセンター得点率のデータを見てみよう。
データ自体があったとしても、わずかな数に違いないが、音環と楽理以外の科では、合格可能性が50%であるセンター試験の得点率は、ほぼ6割〜6割5分程度と推定される。
(※収集データが少ないので、センター試験が突出してできた人がいた年は、一部の科では得点率が跳ね上がるという現象が生じがちだ。)
以上より共通テストでも同じくらいの得点率が想定できるだろう。
無論、共通テストで6割以上、さらには7割・8割取ったところで、実技重視の藝大入試の合否に決定的な意味を持つことはないが、一方で2割・3割しか取れなかった場合は、最終判定に向けて安穏としていられなくなることはわかる。
次回から、集められ得る限りの公表データを用い、また受験経験者の口承伝承の記録も参考にしつつ、さらに深く藝大入試のリアル(現実)に迫っていく。
シリーズ【芸大入試のリアル】
【芸大をもっと知るための本】(1)
コミック版『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』
藝大生自身にとってはいたって普通、しかし世間から見たら秘境としか言いようがない世界。それを目の当たりにすれば、一般の読者は驚き、あきれ、でも最後はその真剣な姿に心を打たれるに違いない。
著者の二宮敦人氏はミステリー作家、奥さんは現役の「美校生」(東京藝大美術学部彫刻科)。
深夜に半紙で自分の型をとったり、藝大の生協で買ったというガスマスクをキッチンにポンと置くわが妻…
奥さんに導かれるように、謎の秘境に足を踏み入れる著者。「美校」と「音校」の全学科の学生にインタビューを敢行し、彼らの制作・演奏現場にも潜入した。
そんなベストセラー書籍がついにコミックで登場!
最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常 1巻: バンチコミックス
最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常― 2巻: バンチコミックス
【芸大をもっと知るための本】(2)
東京藝大卒の漫画家が描く 藝大めざして青春を燃やすスポ根受験物語
美術なんて全く知らなかった高校生の主人公が、ふとしたきっかけから東京藝術大学の絵画科を目指す
舞台となる美術予備校のモデルは新美(新宿美術学院)
著者の山口つばさ氏は都立芸術高校から現役で東京藝大油画科に合格